2025年の春。
港区のオフィスビル群に吹く風は、どこかざらついていて、しかし妙に人間臭いにおいがした。そんな風の中で、ひとつの企業が、いや、ある意味では「ふたつの企業」が、注目を集めている。
株式会社クシムと、シークエッジグループ。
このふたつの名前を聞いて、ふつうの人は「ふーん」と鼻を鳴らすか、「それって何の会社?」と首をかしげるだろう。だけど、今、日本の株主たちの間で、この名前が静かな熱を帯びはじめている。
シークエッジグループ——影のように寄り添う存在
この話を始めるには、まず「マルフク」という不思議な名前から紹介しなければならない。
それは、昭和の終わりから平成の初期にかけて、電話帳の裏にぎっしりと並ぶ広告でよく見かけた名前だ。マルフク——電話番号加入権を担保にした個人金融業者。個人商社金融の世界に棲む、ある種の「強烈な生存本能」を体現したような存在だった。
その系譜を引くのが、シークエッジグループである。
シークエッジは、いまではファンドという落ち着いた顔をしているけれど、その動き方には、まるで静かに企業の中に溶け込み、少しずつ舵を握っていくような独特の手法があるように思える。株式会社クシムにおいても、そのような影響力の行使が、静かに、しかし確実に現れている。
表面的には、シークエッジグループとクシムの間に資本関係はない。だが、蓋を開けてみれば、クシムの常任取締役4名中3名がシークエッジからの出向者であり、監査等委員も3名中2名が同じくシークエッジ人脈であるという。そこにあるのは、「株を持たずして会社を動かす」という、奇妙なパラドクスだ。
まるで、誰かが寝ている間に家の鍵をコピーし、黙ってソファを占領し、ついには寝室まで使い始めるような話だ。
そして、その支配体制の中で、何が起きているのか。
実力ある現場と、ねじれた意思決定
現場のクシムは優秀だ。これは皮肉ではなく、本当にそうなのだ。
Web3の黎明期から実践を重ねた精鋭たちが、暗号資産の発行ビジネスやプロダクト開発において、国内随一のスキルと実績を積んできた。Zaifという日本最古の暗号資産取引所もその一部であり、チューリンガム社との連携により、そこには確かに「未来の経済」が生まれつつあった。
だけど問題は、「その未来」が経営層の判断によって食い荒らされかねないということだ。
事業成長のための投資よりも、シークエッジグループの利益を優先した意思決定。資産の流用、株式の譲渡、取締役会における説明責任の欠如。そういった断片的な事実が積み重なって、ひとつの明確な輪郭を持ち始める。
それは、「ガバナンス不全」という名前を持つ、巨大な影だ。
まるで、会社という船の舵が、表向きには未来へ向けて動いているようで、実際にはどこか別の港へと静かに方向転換されているかのようだ。
そしてわたしは今、その船の乗客のひとりとして、委任状を手にしている。
この指先ひとつの判断が、ほんの少しでも航路を正す力になるなら。
それは株主として、そしてひとりのブロガーとして、小さくも意味のある行為なのだと思っている。
ガバナンスの歪み——Zaif株式と経営の私物化
この春、事態は動いた。
クシム取締役の田原弘貴氏が、公に口を開いたのだ。
彼は、クシムがシークエッジグループの意向により、Zaif(ザイフ)という暗号資産取引所の株式を不透明な形で譲渡したこと、また会社資産の私的流用が疑われることを、株主向けの特設サイト(https://kushim-governance.com)で公表した。
そこには、こう書かれている。
「クシムの取締役会は、もはや株主の利益を守る機関として機能していない」
わたしはその一文を、数度読み返した。
そして、それはたしかに、クシムという企業の「心の声」のようにも聞こえた。
委任状の、その先にあるもの
2025年4月。
クシムは臨時株主総会を開く。
その議題は、田原氏を含む新たな取締役候補の選任、そして現経営陣の刷新だ。わたしは、株主として委任状の返送を決めた。この船の舵を、いったん正すためには、今がその時だと思ったからだ。

まとめ:それでも会社は続いていく
企業というのは、生き物のようなものだ。
呼吸をし、食事をし、眠る。ときに病を得ることもある。
だけど、治す方法があるなら、きちんと治してやるのが本当の意味での「株主」なのだろう。
クシムは、いまその岐路に立っている。
風は、相変わらず湿り気を含んでいる。
だけど、春の終わりには、少しだけ空が晴れることを、わたしは信じている。
